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2018年2月26日月曜日

2004年度完成 Ace69



久しぶりに掘っ建て小屋から引き出した。


もう10万キロ以上走ってエンジンのパワーが無いんで封印してるのもあるし

大神戸やって自分でバイク作った・という事もあって封印してた。



今見ても惚れ惚れするなぁ。。。





改造箇所を思い返して居た。


あまりに小さく刻んでしまったが為にバランスを取る為33の三つ又をナロー化。

溶接で作ってるので上下とも純正の鉄やわ。

故にライザーの足の幅もつめてる。

仕上げはパーカを掛けた上からまた黒染めをのせた。




極力幅を詰めたので入るブレーキが限られるんで

図鑑を見て探したCB450のホイール

なぜこれを選んだかというとツインリーディングという事と40本スポークやから。

最初に買ったCB250のは36本デシタ。。




20年代のエンフィールドの鉄レバーをカットしてホルダーを作って直付け。

このハンドルは多くの方に人気あるなぁ。

左右ともインナースロットル。

ネック角もほんの少しだけ立ててる。




マフラーを揃えて欲しいと言う無理な要求に苦心してた。

特にR側は裏を凹ませてまで寄せてある。

マグは手動進角にしてる。

タンクキャップは当初はJDのを使ってたけど大神戸製の鋳鉄に変えた。

タンク容量は4.5ℓという超小型。

エア抜きを中に仕込んである。




マフラー上から見ても揃ってる。

10か所近く継いで作ってある。

超ショート化されたフレームに合わせオイルタンクは鉄板から製作。

すべて200Vのアーク溶接で作られている。


ステップは○○ツインが3日で穴開いたので×2回も。それで大神戸製で作った。

純正より直径4ミリ細いサイズで

何年乗ってもあんまし減らないなぁ。


キャブは当初ケイヒンからベンディクス・・そしてリンカートDCに落ち着いた。

牛の鈴はチョーク付き。

シェブラーの当時モノかな。


車高が低いのでキックアームはショート化してる。




ファットボブフェンダーをベースに幅つめR合わせ

前後逆に付けて後ろの跳ね上がりを切り離して再溶接。

超ショートフレームの為、シートポスト部分が干渉するんでくり抜いて逃げている。

チェーンは90リンクくらいしかない。

フェンダーステーはアイアン純正のFフェンダーのを利用。

当初はグッドイヤーのダブルリボンの16インチで作られたけど・・




この車両のオーナーの・・

タイヤマニアの笠間氏から譲り受けたカーライルが奇跡的にフェンダーと合った。

サイズは500-15

産業機械用

カタログには空港で働く巨大な機械に付いてた。

雨の日は滑るが、

零戦のタイヤに似てて気に入ってる。

当初は嫌な顔をサレタガ・・。





ホイルキャップはアメ車のを探して来た。

サドルバックは徳山さんに指導して貰いながらダンボールで型紙作ってなんとか出来た。

シートも縫わせて貰った。





最初ナイスの社長に頂いたミラーを付けてたんやけど

自社で作ったので換えた。


今もそのミラーは大切に保管してマス。





あの頃、廃業間近の土建屋だった小生は・・

毎日ヒマやしバイクに乗ってウロウロしてた。

そしてナイスの帰りに表にドラム缶とアイアンが数台並んでるお店を見つける。

普段は開いてない。

夕方から?・みたいな。

その表に並んでるアイアンがシンプルでまた渋い。

店主はギター弾いてて殺し屋みたいな雰囲気で近寄り難い感じやったが・・


おもっくそちっちゃいの作って欲しいと思って相談し

それから

毎日店開く前から通って夜遅くまで作業を見守り

深夜まで酒盛りし改造談義に花を咲かせた。


楽しい時代やった。




あの頃の徳山さんはカミソリの様な人で独特のオーラが漂ってた。

でも小生には優しかったな。

いや、バイク好きには優しい人デシタ。


そして本当にかけがえのないほどの多くを学ばせて貰った。




ある意味Ace復活の礎となった69CH



あの時代の多くのショーバイクはもう存在しないと思う。




あの頃から今日まで自分が思うのは・・

何十年が経とうが飽きが来ないモノが、、本物だと思ってマス。








今も眺めて酒吞んでるよ。








2015年10月14日水曜日

10年前かなぁ??




リンカートDCは外付けチョークが不細工やから・・

外して20s~30sのシェブラーのチョーク付きの牛の鈴を。


手で塞いでガスを二回送ったら一発で始動ス。

写真はちょうど送ってるトコやね。



10年前のこの頃は確か体重は53kgちゃうかなぁ。


上下ブートレガーズで

ブーツはレッドウイングのPT83やと記憶ス。

今も着てるケド。。。









どうでもエエ話でごめんちゃい。

ペコリ。






2014年3月7日金曜日

あれから10年と少し・・




鋳物の部品が届いた。






職人さんが丹精込めて、手間隙掛けて、、手で砂をこめてくれた渾身の作。






素晴らしいね。







眺めてるだけで鳥肌が立つ!






こっちはレバーホルダー






そう言えば今日、



レバーホルダーの受け側の

鉄の平板のプレスの金型が出来たと黒田屋さんから連絡があった。

足で踏んでおもろいらしい。



電話の先でほころんでるナ。。。




いよいよかなぁ。

随時進んではおるのですが・・もうしばしお待ち下サヒ。





先日レバーが出来た日の事。


普段は工場には昼間はお邪魔しないんやけど、

お待たせしてる部品があったので

昼間取りに行った。

そうすれば夕方には発送出来るからね。






その時にちょうどレバーのパーカが上がったとの話を聞いて

見たくて見たくて

いてもたっても居られずに

「ワシが取りに行くから電話入れてくれ!」

言うて取りに行ったんですわ、、。

パーカ屋さんに。。。






しかし...よう考えたら

パーカ屋さんに直で持ち込んでた頃ってもう4年くらい前ちゃうかなぁ。


最近はてんと行っとらへんわ。。

忘れられとんちゃうけ?




思い起こせば・・



コレを作ってる際にタウンページで徳山さんが調べて

ダメ元で飛び込みでお願いしたんが最初やったなぁ。



あれは2004年やからもう10年は経つんやなぁ。




あの時の事も鮮明に覚えている。

初めての工場へ飛び込みで行くのはいつも緊張する。

土建屋時代の

提灯のある事務所ほどでは無いんやけどなぁ。。


アメリカ製のパーカの部品を見本に持って行って

やって欲しい部品を持ち込んだんやね。


初め隣にあるたばこ屋に入ったんや、

そしたらおばあちゃんが隣や言うて。



初対面から岩岡パーカの社長やった。



部品を見てもうて

「この部品をこんな感じに黒くならへんかなぁ・・」


・と言うたら・・



これは何ですの?

・と言われたから、


ハーレーのマルマルシカジカ・・


「そういえば昔おじいちゃんがやっとったわ!」


・と言われて即、請けてくれたんやなぁ。






あれから10年と少し。








あれから時が流れて加工する黒田屋さんから出してるから

行かなくなって4年ぶりかな?



久々に尋ねたら・・

あいにく社長は留守やったけど

あの時のままの社員さんが迎えてくれた。

しかも全員覚えてくれてたわ。



なんか。

おちも無いけど

久々に暖かくもほっこりした。


大して変化の無い日常やけど

ほんの少しの事でそこからの数日は懐かしくもあり嬉しい日々を暮らせた。





深謝。。。






2013年8月30日金曜日

ねこと海



XE-1を持って海に行って来た。
向こうに世界最大の明石海峡大橋が見える。





お!




お魚くわえてどこ行く?




漁船へ




アイアン・・




今日もご機嫌。。。




ありゃま。




出てきた!




ジャンプ




またまた





貰ってる。




















この往復具合はどうやら仔猫が居るみたい。








母は大変やなぁ。










ナカナカかわいい三毛やねー。






また貰った。









自分は食べずせっせと運ぶ。







昔はよくココらで釣りをして晩御飯のおかずにしたなぁ。







痩せてるなぁ。。 でもたくましく生きてる。







釣り人が餌をあげてる。
総合栄養食やわ。






あんまし釣れないね。






また逢いに来よう。





あのオイルいい感じやなぁ。
走ってて気持ちがいい。