待ち人を待つ悲しい情景。
ソ連からの引揚船が着くたびにいつでも見られた光景であったが、
時間の経過とともに、毎回、同じような顔ぶれの人が桟橋の脇に立つ姿が見受けられるようになり、
これがいつしか人々の目に止まり、
マスコミによって「岸壁の母」として取り上げられ、たちまち有名になった。
「岸壁の母」が100万枚以上の大流行した。
これはヤラセっぽいなぁ。。
引揚げ桟橋
再会が終わって・・
皆が引き揚げた後でも帰らぬ人を待つ。
岸壁の母のモデルになった端野いせさん
実は本当の親子じゃなかったらしい。
表札も掲げてたんやね。
しかも息子さんは生きていた!?
引揚運動に尽力されたんやね。
日本政府は本腰入れてやれば良かったのに。
この国は国民の生命と財産を守らんね。
映画にもなった。
母の愛を感じるね。
戦争は悲惨だ。後世に伝えて二度とこんな不幸がないよう願いたい。
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