硫黄島(いおうとう)にある天山慰霊碑 。
帝都から約1200キロ
東京都に属する小笠原諸島硫黄島
周辺には世界遺産に指定された父島・母島がある。
この南海の孤島で日米が血で血を洗う争奪戦が繰り広げられた。
戦争末期だった為に、
40歳を超える一般から徴収された方々も多く投入された。
日本軍守備隊20933名
対する 米軍は7万5144人が上陸軍として殺到してきた。
支援艦隊は大型空母17隻を基幹とする495隻の艦船、
援護兵員は11万1300名
日本軍守備隊は全長18キロにも及ぶ地下陣地を構築し
硫黄ガスが吹き出し灼熱の地下陣地を巧みに使い
徹底抗戦した。
日本本土に一日でも長く安泰な日を、
米軍の無差別爆撃から愛する人を守るために・・。
しかし米軍の圧倒的な物量の前に
水・食糧・弾薬も尽きて・・
硫黄島守備隊最高司令官であった栗林忠道中将は
最後の突撃にあたり
以下のような訓示をした。
いま日本は戦に破れたりといえども、
日本国民が諸君の忠君愛国の精神に燃え、
諸君の勲功をたたえ、
諸君の英霊に対し涙して黙祷を捧げる日が、
いつか来るであろう。
安んじて諸君は国に殉ずべし
日本軍は守備兵力20,933名のうち20,129名(軍属82名を含む)が戦死した。
アメリカ軍は戦死6,821名、戦傷21,865名の損害を受けた。
日本軍より米軍の損害が上回ったのは唯一硫黄島だけである。
数年前にTVで放映されたのが動画に。
涙を禁じ得ない。
硫黄島に限らず、今も115万柱の御遺骨が放置されたままである。
..他にも嘆かわしい事例が。
こんな日本で
英霊に対し涙して黙祷を捧げる日が、いつか来るであろうか..。
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