2010年9月2日木曜日

橋の上のホラティウス







『橋の上のホラティウス』


そして門の守り手、
勇敢なホラティウスは言った。
「地上のあらゆる人間に
遅かれ早かれ死は訪れる。
ならば、先祖の遺灰のため、
神々の殿堂のため、
強敵に立ち向かう以上の
死に方があるだろうか。

かつて私をあやしてくれた
優しい母親のため、
我が子を抱き
乳をやる妻のため、
永遠の炎を燃やす
清き乙女たちのため、
恥ずべき悪党セクストゥスから
皆を守るため以上の死に方が
あるだろうか。

執政官どの、なるべく早く
橋を落としてくれ
私は、二人の仲間とともに
ここで敵を食い止める。
路にひしめく一千の敵は
この三人によって
食い止められるであろう。

さあ、私の横に立ち
橋を守るのは誰だ?」

 ――トマス・バビントン・マコーリー


ホラティウスは、セクストゥスの恥ずべき攻撃を食い止めるため、
そして町の人々が橋を壊し、効果的な防御策をとるまでの時間を
稼ぐために、自らの命を捧げた。

数の上で圧倒的優位を誇る敵と直面したとき、
勇気、決意、自己犠牲、道徳的権威が、
どれほどのことを成し遂げ得るかを讃えるこの勇壮な詩は、
日本の神道を信仰する人が書いていてもおかしくないような内容で、
神風の戦略をも連想させる。


――マクスウェル・テイラー・ケネディ――





http://www.810.co.jp/book/ISBN978-4-89295-651-5.html

↑見るべしデス。 ペコリ。

6 件のコメント:

  1. 嗚呼...
    感動しました、教えてくれてありがとう。

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  2. junkmotor さん・・

    ペコリ。
    ホンマ感動ですねー。。。

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  3. 『橋の上のホラティウス』
    The Lays of Ancient Rome by Thomas Babington Macaulay

    だが執政官は顔をくもらせ 声も重く、
    ただ壁を見つめるまま 
    ただ敵のなすままなのか
    「奴らは橋を渡って、おそってくるだろう 
    もしそれで、橋がもう奴らの手に渡ったら
    街を救える望みなど どこにあろうか」

     すると橋の守り手、
     勇敢なHoratiusは声をふりしぼった。
    「この世のあらゆる人々に
     遅かれ早かれ死は訪れます
     ならば、先祖の遺灰のために、
     神々の神殿のために、
     仇敵に立ち向かい 死ぬことこそぞ 
     本望ではないしょうか。

     かつて私をあやしてくれた
     やさしい母親のために、
     我が子をいだき
     いやす妻のために、
     永遠の炎をくべる
     巫女たちのために、
     仇敵セクストゥスから
     みなが辱めを受けないようにと。

     橋をおとしてくだされい、執政官どの
     一刻の猶予もなりませぬ
     わたしは、あと二人もいれば
     ここで敵を食い止めましょうぞ。
     あの橋桁に一千の敵が押し寄せようと
     なに三人もいれば 食いとめてみせましょう
     さあ、私のいずれか横に立ち
     ともに橋を守るものは 名乗りをあげよ!」

     するとRamnianのわこうどSpurius Lartiusが声をあげた
    「閣下、私はあなたの右手となって、
     橋を守りましょうぞ」
     すぐにTitian族のつわもの、Herminiusが声をあげた
    「私があなたの左になり代わり
     橋を守りましょうぞ」 

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  4. 匿名さん・・

    いい話をありがとう御座います。。。

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  5. ベネディクト「菊と刀」

    桜はひとときだけ美しく咲き誇り、一瞬で散る。

    すべての花は上を向き 陽光を浴びて咲くけれど、桜だけは違う。
    つぼみを下に向けてつつましく みじかく咲く花は桜だけ

    そんな花に日本人は心を託してきたようだ
    美しく咲きほこり 一瞬で散る桜のはかなさは、武士道の精神にも似ているのだろうか
    たまゆらの美しい日々はいつもはかない 
    と思う日本人は桜を愛している

    これが昔からの日本人の心情である。

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  6. 匿名さん・・

    ありがとう御座います。
    心にしみますねー。。。

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