2014年5月27日火曜日

長崎原爆資料館 ③ アジア最大の浦上天主堂の破壊と矛盾



長崎のキリスト教弾圧は有名な話やね。





レプリカらしい。






被爆前の浦上天主堂








キリストの首がふっとんでいる。




一面焼け野原。







爆心地から500m




アメリカはキリスト教多いんでしょ?




ブッシュも大統領になる為にそうしたとか。




爆心地、グランドゼロから500m




わざわざ教会めざして落としたんやね。




偵察機で鮮明な写真を撮って研究してたんやから・・。




それとも黄色いサルがキリシタンなのは許せなかったんかなぁ?

















4キロずれたとはいえあんまし変わらんね。

わざわざキリストの首を吹っ飛ばす愚かな事をした事実は動かせない。
もっと愚かな事は子供を含む大勢の罪無き人を殺したという事だ。









なぜ、長崎に原爆ドームが無いのか



人類史上初の原爆が落とされた広島の爆心地には、産業奨励館(原爆ドーム)があった。
その三日後に長崎に原爆が落とされた。

その爆心地には、アジア最大のキリスト寺院の浦上天主堂があった。
戦後、広島の産業奨励館は財政的な問題から取り壊しが決まっていたが、長崎では、浦上天主堂を保存する機運が高まっていた。

 しかし、広島の産業奨励館は取り壊されずに「原爆ドーム」として保存された。
しかし、長崎の浦上天主堂は取り壊されてしまった。ここに、「結果が真逆となった歴史の真実」がある。



江戸時代に、隠れキリシタンとして弾圧された過去を持つ日本のキリスト信徒が建てたアジア最大の二十五メートルの高さを誇る
東洋一の教会を、なぜアメリカは破壊したのか、そして、なぜ取り壊されたのか。




市長が「撤去」の姿勢を鮮明にしたあと、
市議会で廃墟の保存を強く訴えた岩口議員の言葉がある。

「これを単に長崎の観光地というけちな考えで残そうとするのではなく
、全人類の二十世紀の十字架として、キリストのあの偶像が犠牲のシンボルであるならば──
二千年前の犠牲のシンボルであるならば、

私はこの廃墟の瓦壁は二十世紀の戦争の愚かさを表彰する犠牲の瓦壁である、
十字架であるとそういう意味において、唯物的な考えから申せば、市長がさきほども申されましたように、
そう大して残すほどのことではありませんが。

しかし、精神的に長崎を訪れる各国の人たちが、
一瞬襟を正して原爆の過去を思うその峻厳な気持を尊ぶ原爆の資料だと信じております」



 しかし、その願いは果たされなかった。




 高瀬は取材していく中で、この他にも教会を司る当時の山口司教が廃墟の保存を望まなかった、という事実に突き当たる。
高瀬はこの裏に、原爆の遺産保存を望まないアメリカの戦略があると考えた。








戦後の日本は今も昔もアメリカのポチ。。









原爆で首が飛んだ。


キリスト教が神ならば・・
アメリカのした事は自国の神への冒涜という事になるのかなぁ?







江戸時代から虐げられてもなお信仰した

アジア最大のキリスト教寺院を

アメリカは自らの手で破壊したのだ。

歴史ですら常に勝者の都合の良い様に記録されていく

浦上天主堂を保存しなかった、

出来なかった理由はそこにあるのではないかなぁ。。




















随分考えさせられる。
しかし史実はひとつ、、勝てば官軍、今も裁かれていない。






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