2013年8月24日土曜日

2013 浜通り 大津波の爪痕 ① 想定内の大津波



ただの広大な原っぱのようになってしまってる。





あの奥の電柱から先が特に酷い。





このあたりは原発から15キロくらいか。
0.09マイクロシーベルト

東京より低い。





でも去年4月まで閉鎖されてた。





何でなんでしょうか?
推測するにその頃まで4号機の倒壊が危機的状況やったからかなぁ。

倒壊してたら
東京が避難地域になるほどの威力。

日本は終わってたナ。


4号機倒壊で18万7000人即死〟という想定





二層式の洗濯機。
下半分が引きちぎられてる。


津波の犠牲になったご遺体も

腕や足が無いものや眼球が無いものもあり

中には部分しかないものも多いらしい。


死因は溺死ではなく圧迫死がほとんどらしい。





外国ではご遺体をTVで映すんやけど

日本はそれをしない。

今回の津波は1000年に一度の想定外と言ってるけど

実は100年に4度の想定内。


そんな報道やから

今後も津波がくるであろう地域に家をバタバタ建てて・・

(もう一部では建ってる。)



また同じ事を繰り返すかもしれない。



津波 失敗は伝わらない(2006年放送) 投稿者 powder0202







想定「内」の大津波






あちこちに車がある。





ハイエナがここにも来てる。







震災自動車撤去業務。














ここらは去年4月以降は避難準備解除区域となり
入ってもいいけど長時間の滞在や宿泊の出来ない地域になる。

家も腐ってるしどのみち戻れない。





タンクローリーみたいなのが転んでる。





0.08かぁ。
これで避難地域なら愛知県の豊橋あたりまで閉鎖される事になるね。





今は放射能が舞ってる状態では無いから

cpmか土壌のベクレルを測らないと。
もう空間線量計はあんまし用が無い。





とにかく広い。
北海道みたい。






草がおおい隠している。





橋は下がらず周囲が地盤沈下してるから相当な段差。





家も片付いてない。
草が覆い隠してるだけ。





今なお放置状態。





原発近くの末路は悲惨。。









いまだに水が引いてない。





ここは南相馬原町




まるで原発作業員の様な格好で訪れて
滞在時間は5分




震災から数ヶ月

まだウランやプルトニウム舞い散る中

南相馬原町に視察に行って、みんな普通のマスクで驚いたでしょうね。

あれは放射性物質に対しては効果が無い。





なり振りかまわずフルスペック!


政治はなぜあの時、支給しなかったんでしょうか?

自分だけ完全防備のフルアーマー枝野さん


「こんな所によく住んで頭下がる思い」
「改めて放射能の恐ろしさを感じた」

きっとこう思った事でしょう。




市の指導者と国の指導者との装備の違い。




この時のフィギアまで作られてる。。



これで分かるとおり
国は何かあったら見捨てるという事ダ!








0 件のコメント:

コメントを投稿